治療へ、妻の判断後押し
夫婦で話し合い、妻でお笑い芸人の大島美幸さん(37)の「妊活休業」の公表を決めた放送作家の鈴木おさむさん(45)。
2014年2月、夫婦で受診した産婦人科で妻の子宮筋腫が大きくなっていることがわかった。
紹介されたのが、アモルクリニック(横浜市)の児島孝久院長だった。
大島さんを診察した児島院長は、5センチほどの大きさになっていた筋腫が妊娠・出産に影響する可能性があると判断。「
治療した方がいい」と告げた。
大島さんの筋腫は子宮頸部(けいぶ)にあった。尿管や血管が近いため手術が難しく、
合併症の危険も高い。児島院長が提案した治療法は、子宮動脈塞栓(そくせん)術(UAE)。
子宮につながる動脈をカテーテルを使って詰まらせ、血液を送らなくして筋腫を小さくするというものだ。
受診を繰り返すうち、大島さんは、児島院長の人柄にひかれていた。
言うべきことを遠慮せずはっきりと言う。
「信用できる」と感じた。まだ国内では実証例が少ないUAEを受けてみることにした。
鈴木さんも「妻が選んだことだから」と背中を押した。
5月に受けた治療は成功。子宮筋腫は、4カ月後に約3分の1に縮んだ。夫婦で話し合い、
今後も児島院長のもとで妊活を進めることにした。
一般に不妊治療は、排卵誘発剤を飲んで排卵と性交の時期を合わせる「タイミング法」、
次に事前に採取した精子を子宮内に注入する「人工授精」、
採取した卵子を体外で精子と結びつける「体外受精」と進んでいく。
2人は、タイミング法を2回、そして人工授精を3回。
それでも妊娠しなければ、体外受精に進もうと決めた。
「重要なのは基礎体温です。グラフに描いたときにきれいなカーブになるよう体調を整えましょう」。
児島院長はこうアドバイスした。大島さんの基礎体温は乱れが目立った。
規則正しい生活と食生活の見直しを続けると、グラフのギザギザは消えていった。
鈴木さんの精子の運動量の少なさは気になったが、「人工授精なら妊娠できるだろう」と感じていた。
タイミング法を試した2カ月では妊娠せず、次の人工授精に。
1回目の試みが終わった10月、妊娠検査薬に陽性反応が出た。
夫婦でつかんだ「奇跡」
妻でお笑い芸人の大島美幸さん(37)の休業を公表し、夫婦で「妊活」に入った放送作家の鈴木おさむさん(45)。
5カ月目の2014年10月、1回目の人工授精で妊娠したことがわかった。
待ちわびた妊娠だったが、過去2回の流産経験から、鈴木さんは以前のようにはしゃぐ気持ちにはなれなかった。
公表したのは、安定期に入った約4カ月後。命の貴さやはかなさを学び、新しい生命の誕生に向き合わせてくれたことへの感謝――
そんな気持ちを「うれしいけど、不安」とブログにしるした。ファンからたくさんのお祝いのメッセージが寄せられた。
出産予定日を10日過ぎた15年6月22日、病院で診察中に破水。
そのまま出産態勢に入った。ベッドの上で苦しそうに声を上げる姿を見ながら、芸人でもある妻との約束を思い出した。
急いで自宅に戻り、自分の顔を写せるカメラ付きヘルメットを取ってきた。
テレビ番組のロケでバンジージャンプに絶叫する顔を撮った思い入れのあるカメラで、
出産する姿を記録したい――。それが妻の願いだった。
ヘルメットをかぶり、陣痛に苦しむ自分の顔を撮影しながら赤ちゃんを産んだ妻。
その隣で、別のカメラで動画を撮り続けた。長男を抱きしめ「やっと会えた」と涙を流す妻と元気に泣き叫ぶわが子。
夫婦でのり越えてきた妊活の日々が頭に浮かんできた。「子どもが生まれることは『奇跡』なんだ。
悲しい経験さえも、この子が生まれてくるためには必然だったのではないか」。そんなふうに感じた。
出産の翌月、放送作家の仕事を1年間休むことにした。妻の仕事復帰のサポートと、生まれて間もない長男といっしょに過ごすこと。
休業中に新たな仕事の機会を逃すリスクがないわけではないが、それ以上に、
いまこの時期に家族のために時間を使うことが、かけがえのないものに感じた。
「子どもが生まれて、女性は母親になる。でも、男性は『父親になる権利』というチケットを受け取ったに過ぎない。チケットをどう使うかは、その男性次第」。
妊活を経験してそう考えるようになった。
朝日新聞からの記事 第三回目 文章を変えてしまうと
ニュアンスが変わってしまうので、そのまま引用させてもらっています。
現在、基礎体温もロクに見ないお医者さんが多いのですが
この先生はちゃんとしてますね。
妊活って特別な事ではない 何気ない所の改善からはじまるんです。
「子どもが生まれて、女性は母親になる。でも、男性は『父親になる権利』というチケットを受け取ったに過ぎない。チケットをどう使うかは、その男性次第」
本当に重たい言葉ですね。